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森博嗣なんかも言ってますけど「行き詰る」のような意味で「煮詰まる」を使うのは正確には誤用なんですよね。でもまあなんとなくニュアンスはわかるし、たまに私も使ったりします。
Matzにっきのツッコミで「 煮詰まるの誤用の増加は煮物を家庭でつくらなくなった割合とシンクロしているらしいですね。」という「素晴らしい洞察: +1」がありましたが、「煮詰まる=行き詰る」派が想定してるのは煮物ではなく味噌汁とかの汁物なんじゃないでしょうか。
味噌汁が煮詰まると濃すぎて飲めないようになってしまうわけで、それが「行き詰る」状態に対応するんじゃないかという仮説を立ててみたのですが、どうでしょう?
昨日から雪が降り積もって今日も雪が降り続けてます。こんな状況でもちゃんと動いている電車は偉いですよねぇ。
なんなんですか、その妙にピンポイントなアプリは。
四間飛車って結構メジャーなのかなぁ。私はどっちかっていうと三間飛車派だったんだけど。って全然強くなんかないですよ。
まあ、振り飛車の中ではメジャーなんですよね。振り飛車自体が最近どうなんだ、ってのがわからないんですが。
って「煮詰める」について何にも書いてなかったな。まあ、つまり「煮詰める」ときは能動的に「自分の欲する濃度に向けて濃くしてゆく」のだけど「煮詰まる」ときは「自然の流れのままに濃くなってしまう(ので、自分の欲する濃度になってるとは限らない)」のではないだろうかと、こう思うのであります。
昨日のインタビューの続編です。
<インターネットは中央制御がきかず、電気製品のように品質が保証されるものではない。中央集権的で、品質にうるさい日本にはなじまないと再三言われた>一段低い技術のような言い方をされた。インターネットがなぜ(品質保証のない)ベストエフォート型でいいかというと、デジタル情報は複製と本物が同一だからです。送信に失敗しても、再送信を繰り返せば完全なものが届く。だから中継は完全でなくてもいい。両端のコンピューターつまりエンドシステムが大きな責任を持つ。すると、一部が切れても通信できるネットワークとしての強さが生まれる。
遅延が問題にならなければこれで十分ってことなんですよね。まあ乱暴なしくみだけど、TCP/IPもEthernetもそういう思想でやってそれなりにうまく行ってるわけだし。
このぐらいの考えで動いたほうが全体としては強いんでしょうねぇ。